餅と月
NAOYA OHKAWA
餅と月
NAOYA OHKAWA
親戚から貰って来た立派なウールのジャケットを着込み、ライカを首からぶら下げ、氏神様を詣る。去年のうちに髪も切っておき、今朝には顔を洗い、ヒゲを剃った。
煙草屋でハイライト・メンソールを一箱買い、時計屋と造幣局の宿舎と県営団地を通り過ぎる。駐車場のような場所に藁が積まれ、ベンチのように丸太を横たえてある。どんど焼きの準備だろうが、もう少し待てないものだろうか。
どこの家も静か。鳥居の前、小さな町内の神社なので一組の家族連れと老夫婦がいるだけだった。厳粛な気持ち、というわけでもなく、なんとなく礼を欠かさぬようにだけして、書いてある通りに賽銭、柏手、礼をし、健康と安全を願う。どういう姿形をしているかは知らないけれど、神様に。
神様、ちょっとお邪魔いたしますね、と境内で写真を撮る。戦没者の碑、曽祖父の名前が刻んである。彼岸というものがあるのかもよくわからないが、曽祖父はどんな人だったろうなどと思う。写真でしか見たことがない。
国旗が揺れている。神様、国旗、愛国、平和、信仰、そういった言葉はとても硬質になった。口にしようとすると少しの緊張が走るし、活字にしてみるのにも少し躊躇をする。時間にも場所にも、揺らぎやすいものではあるけれど、それはこちらの都合だ。折り目正しい生活も、信仰も、どこかから来て、どこかへ行く途中。
煙のような雲が浮かんでいる。境内、言葉の世界とは全く切り離されて、まるで関係のないような風情で静かに、国旗が夕日に揺れている。家に帰って、お餅を食べて、お酒を飲もう。
餅と月
NAOYA OHKAWA