






















水銀と灯り
NAOYA OHKAWA
水銀と灯り
NAOYA OHKAWA
生暖かい雨が降りはじめた。もこもこと膨れ上がった木々が一定の音量でざわめいている。腐ってしまう前の、湿気ったメロンパンを食べる、これはこれでうまい。
街灯には羽虫がちらつき、土の下では、羽化を待つ虫が蠢いている。想像するだけで足元がぞわぞわする。照らされた葉は、湖の波のように縦横もなく雨と風に揺れている。低く垂れ込めた雨雲は街の夜を覆うようにして、灯りに腹を光らせている。燃える夏の爽やかさと、刺すような花のあざやかさの約束をたっぷりと含んで、破裂する間際のよう。透明な絵の具を垂らすような雨に今頃、おそらく紫陽花が色づいている。LEDの硬質な灯りが雨と霧にぼやけて、雨季の景色は、水銀のように、液体と固体の間をはっきりと輪郭を保ったままくらくらと揺れていた。
サァサァとつづく粒の細やかな音が、ありもしない記憶をよみがえらせるように錯覚する。七夕、笹の葉、幻で見たような波打際、銀色の塊がくっついたり離れたり、魂がざわつく音のような雨、雨、雨。生まれる前に聞いていたのは、はっきりと両耳で聞いていたのは、今晩のような音かもしれない。地球が丸くなった頃には、今晩のような雨が降っていたのかもしれない。
水銀と灯り
NAOYA OHKAWA
水銀と灯り
NAOYA OHKAWA