bloom / UME
NAOYA OHKAWA
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NAOYA OHKAWA
その梅林は入り組んでいて、舗装されていない道に入ると、ああ、これが迷い込むというやつかと変に冷静になる。まだまだ冷たい風にさらされて、頭はすっきりとしているけれど、甘い匂いのせいで鼻の奥と眉間の間のようなところがぼんやりして、現実味が薄れていく。
この辺りの梅は食用なので、枝が低く、身をかがんでも、どこかを枝に引っ掛けてしまいそうになる。収穫のための道具を入れた倉庫や家が見えているけれど、かがむか、背伸びをすると視界は梅の花に埋め尽くされてとても楽しい。ロマンチック中毒におかされていた少年期の目線は、おそらくこの高さだったんだろう。
梅は綺麗だ、桜がゴールテープで、梅は最後の給水所みたいだ。凍える寒さももうすぐ終わりです。人気のないところまでさまよい歩いて、ずいぶん歩いてしまったなと、徒労感が満足感と誇らしさに擬態している。太鼓のような囃子が聴こえ、ああ、いよいよこれは何かに迷い込んでしまった俺は。こんな人気のないところで、太鼓が聴こえる、ロマンチック中毒の後遺症で胸が鳴る。
ふかふかした土を踏み進むと、急に広場に出た。じいさんとばあさんと赤ちゃんを連れたママがベンチで休憩をしている。業務的な色のスピーカーから、太鼓と琴が流れている。急に現実味に溢れた場所に出て安心しつつがっかりしたので団子を食べた。喰む音が骨を伝わって聞こえた。琴と太鼓は、いつの間にかウクレレの音楽に変わった。
老夫婦にシャッターを押してくれと頼まれる。壊れているから、ちゃんと写るかはわからないけど、まぁ、頼むよとじいさんの方が言った。ばあさんはこの木の前がいいわと嬉しそうにしている。カメラは、機械なので会話はできないけれど、初めて握った古いデジタルカメラに、おいお前、絶対に写せよ、と念を押す。絶対に写れと願いながらシャッターを押した。
どうやら人間は、あまり多くのことを覚えていられない決まりらしい。写真を撮るように、ただ一点だけ、美しかった一点だけでも、覚えておくことは叶わないだろうか。
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